>0037 名無し募集中。。。 2024/08/12(月) 【投稿時刻 略】
>長い
>歌詞が説教臭い
>歌詞が聴き取りにくい
>まず今の若者には受けないな10年前までは若者にも受けてたが
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といったような(抜粋させて頂いた)レスなどがついている、この曲 "Tomorrow never knows"であるが、
wikiより:Tomorrow never knows (Mr.Childrenの曲)
1994年の曲とのことだ。
リアルタイムでも10代の頃などの私はきっと聴いていたはずではあるが、
改めて、youtubeで聴いてみた。
確かに聴いたことある……、記憶ある。
いい曲だ。
確かに長いかもとは感じた。ただ、そうね、ミスチル曲ってそもそも長い曲が多い印象があるかな。と言って有名曲しか聴いてないので、その範囲での印象となるのが恐縮だが。
あと、上記抜粋レスの中で「透明感」と言われているように、
なんですかね、
本当、
名曲の感じがある。惹き込む感じが確かにある。
いいなあ、この曲、と感じた。
ただ、
ここからが不思議で……、
いいなと思ったんですね、上記に書いたように。
で、もう一回とか、もう数回とか、リピートして聴こうと思ったんですね、さっき、私、この曲を。
そうしたら……、
2回目を聴いていたら、かな……、
なんか聴いていると、具合悪くなってくるんですよね……、私。
なんか変。なんか具合悪い。ってなってきて。
それで、聴くのをやめたのだった。
これね……、
何でかって考えたら……、
この曲が悪いというより、
1994年……、
このあたりがね……、
まあ私にとって最悪の時代だったんです。
そのせいが大きかったのではないかな。
1994年……。
この頃っていうのは、
私の……、ノー勉しまくり、の。人生破綻の始まり、の、時代であったのだ。
それが、ね……、
その陰惨な体験……の、体に染みついた嫌さ、記憶、が、
このミスチルの曲 "Tomorrow never knows"を聴き返したことを通じて、
よみがえってきたんじゃないかと思う。
聴いていて、本当に、ぐわぁーーーんと、生理的に具合が悪くなったのだった。
そう……、
思い返してみるとね……、
頷けるところがあるっていうのかな……、
私ね……、
昔っから……、
あまり……、
90年代の……、
邦楽の大ヒット曲系……、
受け入れられないんだよね……
いや、ただし、小室系は良い。(いいのかよ。)(いいんだよ。小室は好きなんだよ、私。)
小室系じゃなくて…って言うのか……、
や、小室系だってスンゴイ幅広い層にヒットしてたのですけど、
なんていうかな、もっとイケてる層に受け入れられていた邦楽ヒット系が、今でもわたし、ダメなのである。
今、この年……、中高年になってさ……、音楽としてというのか純粋にというのか評価しようと思ってさ、聴き返してみてもさ、それでもね、90年代の、いけてる層において大ヒットした邦楽曲は、なんかダメなの。
それってさ……、
それって、
90年代というのが、
私自身の暗黒時代だったから、も、あるのかも知れない……。
要は1994年頃って、私、高校~浪人時代であって。
しかも、ほぼ完全ノー勉で自分の人生と将来を自分の手で破壊しまくっていたのね……。
いや、ま、今、現在ですよね、そう、今だって、そこそこ暗黒ではあるけど、
今の方が落ち着いてるんですよ。これでも。これでも。
高校時代(1994年とかの頃)の私は、なにがかわいそうってね……、
落ち着いてなかった……。
うまく言えないんだけど、落ち着けてなかったのね。
なんだろ、
こう、
ノー勉ならノー勉、友達いないなら友達いないでさ、
せめて、「私はこうなんだ」、「私は『この感じ』で今は生きてるんだ」、と。
落ち着いて自分を捉えて、自分の視点を持って、落ち着くことができていれば良かった。
でも、全然、そうじゃなかった。
なんて言うんでしょうね、
ずっと、周囲に対し、ニタニタ笑いをしているような、バタバタしながら泣き笑いをしているようなところがあった。
(多分、当時の周囲の人から見たら、実際に、そんなような表情、挙動を、ずっとしていただろうと思う、私は。あるいは意味不明系の言動。ああ……。)
(こんでもさ、もし、勉学っていうのかな……、大学受験系の行動を実質的にちゃんと実行できていれば、こんなんでも、「少なくともお勉強はデキる、変人キャラ系の発達系キャラ」とも言い得るのであって、私も、心のどこかで、そのへんの「キャラ立ち」みたいなのをイメージしていたところがある。あーー陰惨過ぎる……。しかも自宅とか、いや図書館とか、どこ行っても、まとまった勉強から逃げて、実質ノー勉であり、大学受験は全くの失敗に終わった。ホント、なんでそんなに全力で自分を駄目にしていくの、ってぐらい、全てが終わり切ってた……、当時の私。)
そう、落ち着けていなくって、当時、全っ然。
もうね……、
精神、人格が、私のね……、
開放骨折?みたいに……?バラバラになりきって、表皮もなんもないまま、肉身からの痛々しい滲出液をにじませながら、
空中に(つまり、つっまんない、どうでもいい高校のクラスメートだの、知りもしないそのへんの他人だの、に対して)弱く露出してたっていうか………。
普通はもうちょっと自分を守るしなあ……。
本当、哀れだったと思うわ、当時の私のことを、今の私は……。
可哀想な時代だった……。
あ、ただね、アニメ・漫画はいいんですよ、90年代のね、わたし。(あと小説とかネットも良い。)
でも、90年代のファッションや音楽はダメ。(お笑いの流行とかもだめ。)
なんか受け入れられない。
なんか、もう、生理的にっていうのかなあ……、受け入れられないのだ。
どうしてもダメなんだな、これ……。
音楽は、そう、上述の通り、イケてる層に一般的に広く受け入れられた邦楽(Jポップ)の大ヒット曲系がダメでね……。
スピッツもミスチルも、だめ……。
すんごい、いい曲がある、っては、感じるしさ、思うんですよね。
でも駄目……。
聴き続けらんない。
体の具合がホント……、こう、ぐわーーーんと……、ぐぅーーんと……、気持ち悪くなってくるのよ。
どれだけ、90年代に対し、トラウマ……、心の傷付き……、当時の自分自身とかへの、いまだに煮え立ってるような嫌さ……、があるねん、って感じだよね、私。
あ、でもね、90年代洋楽は好きですね。
むしろそこは、好きなんだなあ。
同じ90年代なのに何故、って言いますと、そこは、「90年代の日本に生きてた私」と、あまり結びついてないから、も、あるから、かも知れん。
なんかなあ。
話がちょっと変わりますが、
あの有名な漫画家の(私は全体としてはあまり評価してないのだが)東村アキコさん、いらっしゃいますね。
彼女は、多分、私と、かなり年齢が近いんです。
んで、彼女の「かくかくしかじか」っていう、彼女の自伝的な要素のある漫画があるんですが(この作品は面白いです)、
その「かくかくしかじか」という自伝的作品がですね、
も、バリバリ、90年代ファッションとか、90年代の振る舞い方だよなぁーーーーっていうのが出てきてね。
東村さん自身をモデルにした主人公だの、その親友である少女だので。
面白い漫画なんですよ。
でも、これもね、わたし、読んでると、ぐぅーーーんと具合が悪くなってしまうところがある……。
だから、どれだけ90年代に対し、嫌さ、心の傷付き、陰惨な記憶、つらかったという体に染みついた感覚、が、あるねん、私。
話がチョイ戻るけど、
このね、90年代の、いけてる層を対象に大ヒットした邦楽ヒット曲とかさ、
あと、お笑いね……、あの、吉本一派やらダウンタウンやらがドバーっと台頭した頃のとか…、
あとヘイヘイヘイとかの音楽番組だとか……、
今、思うとね、「好きじゃなかった」んですよ……、私。
これさ……、
当時の……、90年代のね……、私自身がさ……、
「こういうの、受け入れられない」って思ってたのだとしたら、
ま、それだって、可愛そうだっただろうけれども(時代と一致できてないって点ではね)、
でも、そんでもさ、そうだったなら、すっごい救いがあったんだけどさ、
でも、違うの。
当時は、「これをすごいって思わないといけないんだ!これをすごいって思うべき!」「これはすごいんだ!すごいもの達なんだ!」「これについていけないとしたら私は根本的にすべってるし終わってるんだ!」って思ってたの、私。
「すごいと思わないといけない!」っていう。
そういう、冷や汗をかくみたいな恐怖みたいな感覚と、背中合わせというか。
ずっとそういう感じがありましたわ、90年代の音楽、笑い、ファッションにおいて。
はぁーーー。哀れすぎるよね、そんな、ね、過去の私。
(ただ漫画、本、アニメ、ネット、は楽しかったのだが……。)
**
ただ、ね……、
90年代が、私の経歴や体験や記憶の中で(と言ったって大したつらさじゃないんだけどさ……)、つらかった、と。
だから、「そのせいで、」90年代の邦楽ヒット曲やファッションやお笑いなどのテレビの風潮が今でも苦手なのか、っていうと、
「それだけのせいだ」、と、回収してしまうのも、言いすぎかも。
要は、90年代文化(邦楽ヒット曲、ファッション、風潮、お笑い)が、
そもそも、その質などにおいて(?)、
私にとって、そもそも、ね、嫌いなもの、なのかも知れない。
でも、うーん、
その時期が自分にとって色々と嫌すぎたから、「であるから」、それらを嫌だと感じてるのかも知れない。
これ、どっちとも言えないところは、ある。
どっちもかも知れないし。
まあ、楽しい体験も、あったのですけどもね。90年代。
**
そんなでして……。
今ね、今が、いい時代だとかは、私、口が裂けても言えないけど、
ただ……、
邦楽ヒット曲などやら……、テレビのお笑いやら……、に対する……、
態度?受け入れ?の <強制のされかた> としては……、
それに限って言うと、今とかの方が、1994年とかよりも、いいよ……。
そう思う。
ほんとにね。
経験してない、若いかたなどは、分からないだろうし、分かる必要も、別に全然ないのだけれども。
当時の、なんていうかなー。
流行っているものへの、
精神の一致の強制性みたいなのは、あったと私は思うし、あれは怖かった気がする……。
ま、ただ、そういう、下らん、押し付ける空気があったとして、
私自身が、ね、それに対し、弱すぎた。
(そりゃ、まだ高校生だったわけで、幼かったわけだが。)
そういう反省点も、考えられるんだけどね。